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ふわふわの氷で味わう、ほうじ茶

静岡県三島市にある「山田園」さんのかき氷、「ほうじ茶みるく」。ほろ苦いほうじ茶とミルクの甘みがちょうどいい、ふわふわのかき氷です。
2024.08.11
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爽快な眺めに心洗われて

牧之原大茶園。静岡県島田市にある「ふじのくに茶の都ミュージアム」の展望テラスからの眺めです。もっともっと広大な茶園ですが、カメラに収まりきらず…綺麗に整列したお茶の木、美しいです。
2024.04.27
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ひとつでも満足感、お茶と一緒にちょうどいい

静岡県藤枝市「真茶園」さんの抹茶チョコボール。香ばしいアーモンドがしっかりとした抹茶の風味を引き立てます。抹茶が濃すぎず、大好きなアーモンドの良さをちゃんと感じられるところがお気に入りです。お茶を飲み...
2024.04.27
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ゆっくりじっくり、一定のリズムで

碾茶を挽き、粉末状にすることで抹茶となります。静岡県島田市にある「ふじのくに茶の都ミュージアム」では、石臼を使った抹茶挽き体験ができます。落ち着いて一定のリズムで挽くと、色鮮やかで風味豊かな抹茶ができ...
2024.04.01
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お茶壺道中

10万石の格式

江戸時代、徳川将軍家に献上する宇治茶(碾茶)を茶壺に入れて江戸まで運んだ行事。三代将軍の家光により制度化され、1867年(慶応3年)に江戸幕府が幕を閉じるまで、約240年もの間続いたとされています。

将軍家で使用するお茶と幕府が朝廷に献上するためのお茶を運ぶこの一行は、幕府の権威を示すものであり、最盛期には数十個から百以上の茶壺を運ぶ数百人を超える大行列となりました。大名行列も道を譲るほど格式高く恐れ多いものだったということです。

日本茶文化の今につながる大プロジェクト

お茶壺道中は単に茶壺を持って移動するだけでなく、最高級のお茶を将軍に献上するため特別な対応がとられていました。江戸の暑い夏を避けるための保管期間や、味や香りを引き出すための熟成期間を含めると、半年以上にも及ぶ一大イベントだったのです。

・幕府から派遣された採茶使一行が、5月末までに名立たる茶壺を携えて東海道から宇治へ向かう。
・厳重な管理と茶頭取に任命された総責任者・上林家(「綾鷹」でお馴染みの上林春松本店の家系)の指揮の下、茶詰めを行う。
・宇治に到着してから20日ほど後、帰りは中山道や甲州街道を経て江戸へ向かう。東海道の潮風によるお茶の変質を避けるためだったと言われている。

【保管期間】
江戸へ帰る途中、夏の湿気や暑さを避けるために甲斐国谷村かいのくにやむら(現在の山梨県都留市)の勝山城に3か月ほど置き、再び行列を組んで江戸へ戻りました。

【熟成期間】
宇治から運んだ碾茶は、熟成期間を経て毎年11月頃(旧暦10月)に「口切りの儀」という茶事で初めて茶壺の封を切り、臼で挽いて抹茶となります。

厳粛な雰囲気のお茶壺道中は、大名であっても道を譲らなくてはならない格式高いもの。当然庶民にとっても大きな負担となっていました。
茶壺が通る道は清掃を命じられ、行列が通る間は顔を上げることを許されず、農作業なども禁じられていたとのこと。無事にお茶壺が納入されるまでは、新茶の売買も禁止されていたそうです。

わらべ歌「ずいずいずっころばし」

「ずいずいずっころばし ごまみそずい♪」というわらべ歌をご存じでしょうか。
私が子供の頃、何度も歌った手遊び歌です。友達と楽しく遊んだ良い思い出ですが、歌詞の意味は全く分かりませんでした。

人々から恐れられていたお茶壺道中。この歌は、その様子を風刺した内容とも言われています。

ずいずいずっころばし ごまみそずい
茶壺に追われて とっぴんしゃん
抜けたら どんどこしょ

俵のねずみが 米食ってちゅう ちゅうちゅうちゅう
おっとさんが呼んでも おっかさんが呼んでも 行きっこなぁしよ

井戸のまわりで お茶碗欠いたの だぁれ

全体的には、「お茶壺を運ぶ行列が近づいてきたから戸をピシャッと閉めて家にこもり、行列が抜けて行ってしまえばやれやれ、落ち着いた」という解釈がされているようです。
他の部分は、「『ずい』は、茶壺を担ぐ棒のことである」、「静かにこもっている間はどこからか入り込んだねずみが米を食べている音だけが鳴り響いている」、「行列が行ってしまったことに安心してお茶碗を割ってしまった」などなど、諸説あるようです。

朝茶のススメ

からだが喜ぶ朝茶のことわざ

「朝にお茶を飲むこと」が朝茶です。
古来から朝茶にまつわることわざがあり、朝茶を飲むことは、昔から人々の習慣となっていたようです。今も昔も、お茶は人々の暮らしに欠かせないものだったのですね。

朝茶は福が増す
「朝にお茶を飲むと、幸福を招き災いから身を守ってくれる」ということ。

朝茶に別れるな
「朝のお茶はその日一日の災いから守ってくれるので、その習慣をやめてはいけない」ということ。

朝茶はその日の難逃れ
「朝にお茶を飲むと災難から逃れられ、幸運が訪れる」ということ。

朝茶は七里帰っても飲め
「朝茶は体に良く一日の災いを避けることができるので、もし飲み忘れて出かけてしまったら、たとえ遠くても(七里の距離、約28kmでも)帰って飲んだ方が良い」ということ。

日本茶は栄養成分が豊富

どのことわざも似たような意味ですが、これだけ多くあることから考えても、毎日健康に過ごせるようにという思いを込めて、朝の習慣としてお茶を飲むことが大切にされてきたのでしょう。

今では日本茶には様々な栄養成分が含まれていて、心と体の健康に効果があることが分かってきていますが、はるか昔から、お茶は薬として用いられていたそうです。

お茶が健康に良いということは、昔から知られていたのですね。

日常茶飯事

ごく普通の出来事

ありふれた、ごく普通の出来事や事柄を「日常茶飯事」と言います。
文字にもあるように、お茶を飲んだり、ご飯を食べたりといった、毎日の生活の中で当たり前に起こる日常のことです。

江戸時代に由来あり

「日常茶飯事」という言葉の由来は、日本茶文化の移り変わりと深く関係していると考えられています。

江戸時代中期、永谷宗円が新しい「煎茶」の製法を完成させました。
それまでも煎茶という言葉は使われていましたが、これは茶葉を揉まずに乾燥させたものを煎じ出す(煮出す)ものでした。新しい製法により、現代のような急須に入れた茶葉にお湯を注いで成分を抽出する煎茶が誕生したのです。

これにより抹茶中心の時代から簡素な喫茶様式として煎茶文化が広がることとなり、庶民の間でも浸透していきました。
そして、お茶を飲むことと、ご飯を食べることは切り離すことができない当たり前のものとして「日常茶飯事」という言葉が生まれたということです。

茶柱が立つ

茶柱とは?

茶葉の中に混ざっている「茎」のことを茶柱と言います。
製造工程においてたまたま混ざってしまうこともあれば、あえて茎を混ぜる場合もあります。また、「茎茶」のように茎を集めて作るお茶もあります。

茶柱が立つとはどういうことか

お茶を淹れた時に湯のみの中に浮いているお茶の茎、つまり茶柱は、ほとんどが横になってしまいますが、まれに縦になって浮くことがあります。この現象を「茶柱が立つ」と言います。

「茶柱が立つと縁起が良い」というのは、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
こう言われるようになった理由にはいくつかの説があります。

・なかなか見られない珍しいことだから
・茶柱=家の柱(大黒柱)に例えて、一家繁栄の象徴と考えられた
・茎が混ざるお茶は質が悪いお茶(質の良い新茶は茎が入ることはほぼない)というイメージから売れ行きの悪かった二番茶を売るために、江戸の茶商人が宣伝文句として使った

とは言え、最近の急須は細かい網目の茶こしが付いていることが多いので、湯のみに茎が入ることはあまりないと思います。

それに、茎の混ざった二番茶、三番茶、茎茶なども美味しいお茶ですよ。